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FREE THROWタイラダイスケ



――小さいころから音楽少年でした?
タイラ : そんなでもなかったですね。実家にCDプレイヤーがきたのも、妹がクリスマスプレゼントで買ってもらったのが最初で、オレが中学生になるかどうかくらい。で、CDプレイヤーと一緒に買ってきたDREAMS COME TRUEのCDをひたすら聴いてたみたいな(笑)。オレの地元なんて、福島のど田舎だったし、音楽の情報を得るのがテレビの音楽番組ぐらいしかなくて。しかも、バンドはあんまり出てなかったですし、中学ぐらいのときはいわゆるヒットチャートを追ってたというか。初めて買ってもらったCDはCHAGE and ASKAの『YAH YAH YAH』、自分のお金で初めて買ったのはMr.Childrenの『Atomic Heart』でしたからね。そこしか知らなかったんですよ。で、高校になるとちょっと変わるんですけど。
――何かキッカケがあったんですか?
タイラ : 高1で隣の席になった友達がTHE BLUE HEARTSを凄く好きだったんです。オレも「リンダリンダ」とか「TRAIN-TRAIN」は知ってましたけど、そこまで入り込んでなくて。それが、「聴いてみなよ」って貸してもらった『STICK OUT』を聴いたら、思春期にマッチしてるっていうのもあったんでしょうけど、一気にハマって。たしか、月の小遣いが6000円ぐらいだったと思うんですけど、金額としては2枚のアルバムが買えるじゃないですか。ただ、それだと小遣いが全部なくなるんで、街の中古CD屋を全部チェックして、いちばん安く売ってるところで毎月2枚ずつTHE BLUE HEARTSのアルバムを買っていったんですよ。しかも、これが何枚目なのか、どんな曲が入ってるかもわからない状態で(笑)。その当時はインターネットもYouTubeもないから。
――買わないとわからない時代ですよね。何となくのイメージで買ってみるっていう。
タイラ : そうなんですよ。で、毎月アルバムを買うのがこの上ない楽しみだったんですけど、もうTHE BLUE HEARTSは解散してたんで、当然のように終わりがくるじゃないですか。新譜が出るわけじゃないし。
――そこからTHE HIGH-LOWSにはいかなかったんですか?
タイラ : もちろん、THE HIGH-LOWSもチェックしたんですけど、オレが好きなTHE BLUE HEARTSとはちょっとニュアンスが違ったというか。あの熱い感じが好きだったんですけど、THE HIGH-LOWSはちょっと斜に構えて面白い空気感もあったじゃないですか。結局、後から好きにはなるんですけど、そのときはハマらず。その後、(甲本)ヒロトさんが影響を受けた洋楽を追っていくんですけど、やっぱりオレの中ではTHE BLUE HEARTSがいちばんで。
――そこで自分もバンドを始めたいといった気持ちになったりは?
タイラ : それが全然なかったんですよね。自分がステージで楽器やマイクを持ったりするイメージがまるでなくて。なんでかはわからないんですけど。
――その後はどういった音楽を聴いていきました?
タイラ : キッカケは高2の学園祭でコピーバンドが演奏してたことだったんですけど、Hi-STANDARDを中心としたAIR JAM世代のバンドでしたね。HUSKING BEE、BRAHMANやBACK DROP BOMBとか、THE BLUE HEARTSの後にやっとのめり込める、しかも解散してないバンドと出会えたっていう。そこからはそういったバンドをずっと聴いてましたね。
――そして、茨城の大学へ進学されるんですよね。
タイラ : そうでしたね。音楽を好きな人もたくさんいたし、水戸にはLIGHT HOUSEっていう老舗のライヴハウスがあって。初めて行ったのはHi-STANDARDのツアーで、オープニングにCOOK ROACH。当時、好きだった女の子がHi-STANDARDが好きで、チケットを取って誘ったら断られないと思って、チケットぴあに並んだ記憶があります(笑)。
――ハハハハ(笑)。初めてのライヴハウスはいかがでした?
タイラ : キャパをオーバーしてるんじゃないかっていうぐらい人がいて、ダイブした人が降りる場所がないんです。だから、常に人が頭の上にいる状態(笑)。でも、感動しましたね。400人ぐらい、Hi-STANDARDを大好きな人が集まってるわけじゃないですか。都会に来たっていう感じもしたし(笑)。
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――これまでを振り返ると、THE BLUE HEARTSからHi-STANDARDっていう、ロックやパンクの流れですよね。そこから、クラブっぽいサウンドに惹かれる分岐点みたいなモノあったんですか?
タイラ : でも、自分のDJはロックっぽいモノが基本にはなっていて。その中で、ダンスミュージックっぽいアプローチとかもかけるっていう、聴く音楽が広がっていった結果みたいなところはあるんですよ。例えば、BACK DROP BOMBやDragon Ashがヒップホップっぽいアプローチをしてたり、SCAFULL KINGだったらスカやレゲエとか、SUPERCARがダンスに寄っていく流れもあったり、いろんなジャンルを聴くキッカケはたくさんあって。あと、水戸ってROCK IN JAPANの会場の隣なんです。僕が大学2年のときに始まったんですけど、そういうところでいろいろ観れたりもして。
――何かキッカケがあったというよりも、音楽を聴いてく中で出会って掘り下げていったと。
タイラ : そうですね。大学時代はDJになろうとも思ってないですし。LIGHT HOUSEもそうだし、東京も行ける距離なので、いろんなイベントへ遊びに行ったりとかしてましたね。
――そして、大学では就職活動が迫ってきますよね。
タイラ : 一応、ゼミの先生の手前、ちゃんと就職活動はしたんですよ。ただ、音楽のイベントに関わる仕事がしたいなと思って、いくつかもらった内定は断り、ノリじゃないですけど、なんとかなるんじゃないかと東京へ出ることにしたんです。最初はイベント会社みたいなところでバイトを始めるんですけど、フライヤーの梱包とか、そんな仕事ばっかりで。これは広がらないなと思って、辞めようと。で、どうしようかと悩んだ結果、最初は自腹を切ってもいいから、水戸でイベントをやることにしたんですよ。水戸SONICってライブハウスができたばっかりで、比較的安く借りられることもあったし、ギリギリできるかなって。月曜から金曜までクロネコヤマトでバイトして、そこでお金を貯め、週末は遊びに行ったり、水戸でイベントをやったりみたいな生活になりました。最初はなかなかお客さんが入らなかったですけどね。3年ぐらいで、トータル50回はやったのかな。
――当時、DJをされたりは?
タイラ : ちょこっとやってました。そもそも、イベントにロックのDJを入れたかったんですけど、茨城には知ってる人がいなかったし、だったら自分でやろうかなって。
――イベントをやっていく上で、何か目標みたいなモノはありました?
タイラ : いや、何かゴールがあったというよりは、やるしかないと闇雲にやってましたね(笑)。フェスみたいにしたいというか、いつか大きくやってみたいというのも漠然とあったと思うんですけど、何をやってもお客さんが入るっていうわけでもなかったし。
――そこから、新宿MARZで働き出すわけですが、そのキッカケは何だったんですか?
タイラ : LITEのツアーを水戸で企画したことでした。当時のLITEのマネージャーが新宿MARZの店長でもあって、いいイベントだと思ってもらったようで「よかったらMARZに入りませんか?」と。正直、ライヴハウスで働くことにネガティブな想いもあったんです。やっぱり、キツいだろうなって。ただ、MARZはよく出入りしてて、ハコとして好きだったし、イベントの内容も凄くよかった。オレもちょうど25歳とかで、今やってることも楽しいけど、何かひとつアクションが欲しいなと考えたのもあって、MARZへ入ることにしたんです。
――当初はブッキング、その後は店長になったわけですが、実際に働いた感触はいかがでした?
タイラ : 最初は楽なのかもしれないと思ったんです。店長が頑張ってイベントを組んで、それのサポートだったんで。でも、引き継ぎをしていくと、月に自分が担当するイベントが2~3本から10本になり、最終的には月に25本ぐらい組むようになって。深夜とかも入れたら、30本に迫るんじゃないかっていう(笑)。家にも帰れないこともあったり。凄くたいへんなときとか、「こんなところに柱があったっけ?」とか朦朧としながら働いてました(笑)。
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――MARZを経て、現在はDJとしての活動が中心になってるわけですが、その選択が興味深かったんですよね。普通ならば、イベンターやライヴ制作の道へ進むのが自然だろうし。
タイラ : 話がちょっと遡っちゃうんですけど、最初はDJで頑張っていくモチベーションは全然なかったんです。さっきも言いましたけど、イベントがまずやりたくて、DJを頼める人がいないからオレがやるみたいな。で、やっていくうちに、他のイベントにDJとして呼んでもらえたり、バンドのイベントにDJとして出たりして、喜んでくれたり、必要としてくれる人がいるんだなって実感していって。そんなとき、有名なDJである保坂(壮彦)さんが「一緒にやろうよ」って誘ってくれたんです。やっぱり、保坂さんのイベントに出てるDJがへんなことをやってたら申し訳ないから、そこで「技術も含めて、どこへ出ても恥ずかしくないDJになろう」って考えたっていう。水戸でイベントをやってる時期ですね。その流れがあったというか。
――となると、ライヴハウスで仕事をする前からDJとしての意識がしっかりしてたんですね。また、精力的に活動してるFREE THROWについては?
タイラ : FREE THROWはオレが始めたイベントじゃなくて、最初は弦先誠人と神啓文という2人のDJがやってたんです。で、オレは普通に遊びに行ってて。2回やって、半年ぐらい止まって、3回目をやろうとしたときに「もうひとりぐらいDJがいてもいいよね」となって、そこからオレが入るんです。ちょうどMARZに入るか入らないかぐらいの時期。だから、ライヴハウスのブッキングとFREE THROWとしての活動は結構平行してたんですよね。MARZで出会った、当時だとthe telephonesとかQUATTROとか、ああいうバンドをFREE THROWに誘ったりしたし。あと、水戸のイベントに出てくれてたavengers in sci-fiやthe chef cooks meを改めて誘ってみたり。深夜のクラブイベントで、自分らがある程度のお客さんを呼べる中でやってもらうのは、バンドにとって新しいメリットがあるかもしれないと。ハマりそうなバンドは2人にもどんどん提案してやっていったんです。
――これまでの話を伺うと、自然な流れで今のスタンスになっていったのかもしれないですね。
タイラ : ただ、MARZで働きながら、そのFREE THROWとしての活動が、自分のDJっていうのも含めて、ちょっとずつ大きくなっていっても、DJで飯を食うっていうモチベーションはなかったと思うんです。「そんなの無理でしょ」って(笑)。その当時は、「DJをやれる場所があって楽しければいいや」とか「自分が出て、主催の人が喜んでくれるんならいいや」みたいな。それこそ、MARZを辞めるっていうのも、計画的だったっていうよりも、25歳から5年弱ぐらい働いたし、会社の環境が変わるっていうのもあり、そろそろ違うことをやりたいなっていうぐらい。「FREE THROW1本でやるぞ!」っていう気持ちよりかは、「FREE THROWはやりたいな」っていうぐらいだったかもしれないです。ただ、そのころ新木場COASTでFREE THROWをやる予定があったのが、震災の影響で1年後に延期することになって。それはちゃんと形にしたいなっていう想いはありましたね。
――そうは言っても、DJとしてかなりの本数をやってますよね。
タイラ : それは、水戸でイベントをやってたときと根本的な考え方は変わってないかもしれないですね。暇で家にいるより、どっかへ行って楽しいことをした方がいいなっていう。それがお金になるかもしれないし(笑)。
――ハハハハ(笑)。アクションを起こさないと何も生まれないんじゃないかっていうことですよね。
タイラ : そもそも、DJをやれる場所があるのは凄くいいことじゃないですか。ありがたいことに、来てくださいって言ってくれる人も全国にいて。それだったら、1本だけじゃなくて、その道中でもう1本か2本やろうかなみたいな感じで組んでるんですよ。無理やりやってるわけじゃなくて、自然とああいう形になってるっていう。
――素朴な疑問なんですけど、タイラさんがやりたいイベントというのは、DJとバンドをミックスしたモノなんですか? それとも、DJのみで成立させるのが理想なのか。
タイラ : それは結構難しい話なんですけど、FREE THROWではなくて、DJだけのレギュラーのイベントっていうのもやってるんです。DJとしてのエゴだけで言えば、DJを観に来てるお客さんがたくさんいた方がやりがいはあるんでしょうけど、バンドはもちろん好き。ライヴハウスで働いてたっていうのもありますし。だから、DJだけでもやれるっていう大前提がありつつ、そのバンドがハマるかどうか。バンドにとってプラスになる可能性があるなら、一緒にやれたら嬉しいっていう気持ちですね。
――そういった場合、ダンスやエレクトロの要素があるバンドがマッチしやすいんでしょうか?
タイラ : そういったバンドはハマりがいいとは思いますけど、それだけに限らないですよ。FREE THROWに出てる人だと、バンドじゃなくてヒップホップもいるし、sleepy.abみたいな静かな音楽のバンドもいる。ダンス・ミュージックじゃなきゃいけないっていうよりは、いいモノをやりたいなと考えてます。
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――今後について、DJとして考えることは何かありますか?
タイラ : DJを始めて、昨年でちょうど10年になったんです。本数もたくさんやらせてもらう機会があって、単純にもうちょっと上手くならないといけないなっていう気はしてますね。それこそ、フラッと遊びに来た人が「このDJは何か違う」って思わせるぐらいの何かが欲しいし。
――知識を飛び越えて感じさせるクオリティの高さを求めたいと。
タイラ : これまでやってきて、その時々の理想は更新されていったりするんですけど、自分自身の評価だと「下手だな」っていう(笑)。
――FREE THROWとしてはいかがですか?
タイラ : 長くなってきて、内容を磨き上げていくことはずっと続けつつ、常に新しいモノへ挑戦。ずっと同じことをやるのはつまらないですからね。パーティーとして、それは規模なのか、着眼点なのか、楽しくやれることを前提にしつつ、考えていきたいと思ってます。




タイラダイスケ
1981年、福島県出身。大学卒業後、様々なイベント・バンドスタッフ、個人イベンターを経て、新宿MARZにてブッキングと店長を歴任。現在は、MARZ時代より精力的に行ってきたDJの活動を中心として、多種多様なイベントやパーティーでプレイ。幅広いオーディエンスにアピールしている。



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