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PAN川さん



――もうすぐPANとしての活動が20年を迎えますが、ここまでくるとバンドと添い遂げようという気持ちになります?
川さん :  どうなんやろう……「50歳になってやってるんかな?」と考えたとき、そんなイメージはまだ湧かないけど、そのときに何がいちばん楽しいのか。ただ、止めるイメージもつけへんし。いつかは止めるときがくるだろうから、どういう終わり方になるのかわからへんけど、オレのせいで止めたくないっていうのはある(笑)。
――ハハハハ(笑)。まあ、いつかは終わりがくるモノですからね。
川さん :  アイツが言い出したからしゃあないなとか(笑)。
――では、ザッとこれまでの流れを辿っていきますが、ちゃんとしたバンドをやったのはPANが初めて?
川さん :  オレはもうPANしかやってなくて。他のヤツらは、学校の文化祭でちゃうバンドをやったりもしてたけど、オレはPANで歌ってきただけですね。
――そもそも、どういったキッカケで始まったんですか?
川さん :  ゴッチ(G.)とダイスケ(Ba.)は小学校からの友達で、「高校生になったらバンドやらへん?」って話になって。高校がバラバラだったから、みんなで遊ぶ為にバンドをやってたみたいな。最初はコピーをいろいろしてましたね。
――どのあたりのコピーをやってました?
川さん :  当時のドラムのヤツがヴィジュアル系が好きで、LUNA SEAとかをやったりしたけど、すっげえ難しくて「全然できへんやん!」みたいな(笑)。で、そんなときにTHE BLUE HEARTSを聴いたら「面白いな」と。実際にコピーしてみたら「しっくりくるやん! シンプルでええやん!」ってなって、そこからはTHE BLUE HEARTSのコピーバンドとして1年とか1年半ぐらい練習ばっかりしてましたね。
――ずいぶんと長い間、練習だけだったんですね。
川さん :  もともと、ライヴハウスでやる人はプロやと思ってたから、ステージに立つなんて考えもしなくて。それが、高校の先輩のわけわからんバンドを観に行かされたとき、「プロじゃなくてもやれるんや!」とようやく知るみたいな(笑)。ほんで、近くの高校のバンドやってるヤツと一緒にお金を出し合ってライヴハウスを借りて、チケットも友達に配って、初めてライヴをやったという。
――高校を卒業した後はどうしました?
川さん :  まだバンドをめっちゃやっていこうと思ってなかったし、就職しました。高校にきてる求人をいろいろ調べて、スーパーで「いらっしゃいませ~」って。ただ、1年もしないうちに辞めるんですけど(笑)。
――何があったんですか?(笑)
川さん :  高3のときにティーンズ・ミュージック・フェスティバルという大会に出て、結構いいところまでいって、地元で優勝したんです。で、その次の年も出れるってなって、ただリハーサルと本番で2日間は休まんとアカンから、会社に「休ませてください」ってお願いしたら「無理!」って言われて。じゃあ、「わかった。辞めよう!」って(笑)。
――その展開、いきなりすぎますよ(笑)。バンドがただの遊びではなくなってたんですかね。
川さん :  地元の大会とはいえ、優勝したことで「なんかイケるんちゃう?」っていう気にもなってたし、その勘違いがやる気にさせたというか。それに人から評価されることも嬉しくて。自分で「ええんちゃう?」って書いてる歌詞もウケたんです。そうやったら、オレの感覚は間違ってないっていう自信にもなったし、もっと面白いことをやりたいし。
――しかしながら、それからまもなくリリースへと繋がりますよね。
川さん :  そう見えるかもしれないですけど、東京へ行ってライヴをしてみたときの反応のなさが凄くて(笑)。ライヴハウス自体にそれほど人もいなかったけど、いる人も後ろの方の壁にもたれかかって観てるみたいな。
――まあ、バンドあるあるのひとつですよね(笑)。
川さん :  で、これは関西人やし、喋らなアカンなと思ったんです。ただ、次の東京のライヴでそうやってみたら、1曲目が終わった途端、オレもゴッチもダイスケも同時に喋りだして(笑)。ただ、狙いじゃなかったけど、それが面白いみたいになるっていう。
――思いつきのアイデアがウケて、そのスタイルが今でも継続してるのは面白いですね。
川さん :  結局、いつも思いつきでやってみて、後から余分なモノを削っていくっていうのは、昔も今もあんまり変わってないかも。「やってみなわからんやろう」っていうのは、PANの考え方としてみんな持ってるし。
――ライヴの演出的な話でいくと、以前はバンド名にちなんで、いつもステージから客席に向かってパンを投げてましたよね。
川さん :  最初は「何かアピールしなアカン」と思って、フライヤーの代わりにライヴハウスの出口でサンドイッチ用のパンを配ってて(笑)。ただ、何せ金も手間もかかるから、ステージで一気に投げるようになったんですよ。
PAN川さん
――意外と長い間やってましたよね。
川さん :  5年ぐらいやり続けてて、ふと「何をやってるんやろ? これはホンマにオレらのやりたいことかな?」と思った時期があって、ある年の正月に「オレは今年からパンを投げるのを止めるわ」ってメンバーに言ったら、「えっ! お前がそう言うとは思わんかった!」と(笑)。
――ハハハハ(笑)。そういった試行錯誤もありつつ、ライヴをガムシャラにやってきた印象があります。
川さん :  そうですね。だんだんとアピールの仕方を思いつきながら、年間に150本とかのライヴを6年ぐらいはやってたのかな。各地に友達のバンドも増え、そこで刺激を受けることも多くなったし、「どうやったら、もっとおもろいことができるかな?」とかを考え、それを日々のライヴで試していくっていう。
――バンドマンは根底にカッコよくなりたいっていう気持ちがあるような気がするんですけど、川さんの場合はより面白いことをしたいっていうのが強いのかなと。
川さん :  そうかもしれない。実際、卒業文集とかに「野球選手になるか吉本に入りたいです」って書いてたし。人を楽しませることにあの手この手を尽くしてる姿がカッコいいと考えてるから、バンドでカッコつけようとはあんまり思わんくて。それこそ、高1のときの誘いがバンドじゃなくて漫才やったら今の姿はなかったかも。別にそこまで音楽に詳しかったわけでもなかったし。
――また、PANの歌詞は凄く独特だと感じてて。影響を受けたバンドは何かありますか?
川さん :  影響かどうかはわからんけど、好きなのはエレファントカシマシ、ウルフルズ、ユニコーンとか。あと、B'zも聴いてて、小さいころはふざけて踊ったりもしてたから、その名残もあるかもしれないですね。
――個人的に衝撃だったのは、「今夜はバーベキュー」の歌詞なんです。パッと聴くだけで口ずさめるようなシンプルかつキャッチーな振り切れ方が凄いなと。
川さん :  あの曲は、テンションがアガることをいろいろと書き出してて。例えば、ビーチとかドライブとか。そこにバーベキューっていう単語もあって、曲のイメージから「今夜……バーベキュー? そうだ、今夜はバーベキューにしよう!」とひらめいたら、その周りの部分はバーっと出てきましたね。メンバーも「ええな!」ってなったし。
――世の中の大部分の歌詞って、いわゆるベーシックなテイストってあるじゃないですか。「頑張ろうぜ」や「夢を見よう」みたいな。そことは離れた視点ですよね。
川さん :  でも、みんなと言いたいことは割と似てると思ってて。「明日に向かって頑張ろうぜ」や「悔いのないように生きていこう」とか、オレもそう考えてるし。ただ、それをどの言い方で表現するか。直接的に言うのもいいかもしれへんけど、「ご褒美があったら頑張れるよな」みたいな形にするのか。
――漠然と伝えるのではなく、リアルなところに落とし込みたいと。
川さん :  ですね。だから、会話で使うような言葉を歌詞にしたい感覚はあるし。考えてわかるんじゃなくて、感じてわかる歌詞にしたい。だから、できるだけ短く、できるだけインパクトがあるようにすれば、あのライヴハウスの爆音の中で歌っても聴こえるんちゃうかなって。
――そう言えば、昔を振り返ると英語の曲もあるらしいですね。
川さん :  「アンダースタンド」っていう曲が1stフルアルバム『たこやき』に入ってるんですけど、コードが2つで歌詞も"アンダースタンド"しかなくて(笑)。
――その発想は凄いですね(笑)。
川さん :  若いときって、怖いものなしやから。でも、そういう発想って大事じゃないですか。今でも歌詞に迷ったときは『たこやき』を振り返ったりもするし。「こんなアホみたいなことを振りきって歌えるのってええよな」って。そこの感覚はあんまり変わってないかな。
――PANといえばライヴバンドという印象が強いですけど、どれぐらいやってきてるんですかね。
川さん :  さっきも言いましたけど、年150本とかを6年ぐらいやってた時期もあるし、もう1500本ぐらいやってるのかな~。
――それだけやってきて、飽きることはありませんか?
川さん :  なんか飽きへんな~。逆にっていうか、これだけやってるのにちょっと間が空いただけで「なんでこんなに下手クソになってるんやろ?」とは思ったりするけど(笑)。
――どのバンドにも共通する話ですよね。
川さん :  だからこそ、ツアーとかをやってくと、その曲が体に馴染んでより高いところまでいけるし。楽しさみたいなところだと、ライヴの決め事をそんなに作らへんから、それがいいのかも。で、観てくれる人が笑ってくれたり、熱くなってることがまた嬉しくて。結局、人が喜ぶことをしないと自分も喜ばれへんし。
――いろんなタイプがあると思いますけど、すべてを作りこむようなライヴは向いてないでしょうね。
川さん :  たぶん、それだとゴッチとかも収まらへんし。アイツもなんか余計なことをしたがるし(笑)。そういうアドリブとかも楽しいし、アクシデントでもええねんけど、「なんか奇跡が起こらへんかな?」って思ってて、何かがあったらそれをプラスに変えていく。予定通りなんかにはいきたくないし。
――最初の話に戻りますが、そういうテンションでバンドを続けてると、よほどのことがない限り、止めないでしょうね。
川さん :  まだまだやり残してるっていうか、やれてないことがいっぱいあるし。ある程度まで極めないと、ここからはマイペースでやるとかも思われへんし。
――まだやってみたいことは?
川さん : :  もっと大きい規模でツアーをやれたりとか、それこそ全部のライヴがチケット完売してるとか。ライヴハウスだって、もっとデカいところがあるし、まだまだやらなアカンことがいっぱいある。やっぱり、いっぱいの人に観てもらいたいし、「何千人の前とかで面白いことをしたらどんなんになるんやろな?」とか思ったり。「マイクを持ってる時間はオレの時間や」っていう気持ちやから(笑)。
――ハハハハ(笑)。まだまだ打って出たいと。
川さん :  いろんなイベントにもいっぱい出たいし……そこで、たぶんまだ出会ってない人がいっぱいおるから、多くの人にライヴを観てもらいたい。それがキッカケになって、「ちょっとテンションをアゲたいからPANを聴こう」とかなってもらえたら嬉しいし。
――PANはキャッチーかつポップだから、まだまだ広がる可能性は秘めてると思います。
川さん :  激しいのも好きやけど、もともとJ-POPから始まってるし、自分のことをパンクロッカーだと思ったこともなくて。昔から「大人が~~」みたいなこともそんなになくて、逆に「大人ってすげえな」っていう考えやったし。だから、ライヴをやってて「価値観をぶっ壊す」みたいじゃなくて、壊してもええねんけど、新しい何かを作っていくべきやと。「こんなんもある」とか「こうしたらこういう気持ちになるねんで」とか。そういうのを見えるような感じでやれたらいいなと思ってて。新しい何かが見えるような、感じられるように。そんな曲も作りたいし、それはやっていきたいかな。
――今後、バンドとしてどうなっていきたいと考えてますか?
川さん :  ありがたいことに、ウチらはいい環境でやらせてもらってると思うんです。いい先輩がいて、いいライヴハウスの店長さんに観てもらって、いいレーベルに見守られて、ありがたいなと感じてるし。だからこそ、そこに甘えることなく、各々が「これからどうしていきたいのか?」を見つめ直し、ちゃんと固めていきたいなって。20年目というのもあるし、いろんなことが暗黙の了解みたくなっちゃうのもよくわかんないし。




PAN
1995年に結成。大阪を拠点にしながら、独特の感性によって綴られた日本語詞やポップかつキャッチーなサウンドを武器に、生粋のライヴバンドとして名を馳せる。また、その場の空気を一瞬で掴む、関西バンドらしいMCも評価が高い。2006年より毎年9月には大阪城野外音楽堂にてMASTER COLISEUMをSABOTENと共に開催する等、常に精力的な活動を邁進している。



http://www.pan-sound.com