ホーム > スピーク > UNLIMITS大月義隆



UNLIMITS大月



――バンド歴はどれくらいになります?
大月 :  ちゃんとやろうと思ってからは12年ですね。
――意外と短いような気がしますね。
大月 :  21歳のときにSMOOTHっていうドラムをSTOMPIN' BIRDのHOLYがやってたバンドに入って、そこで初めてオリジナルをやって。そこからなんですよね。
――それ以前だと、どんな感じでした?
大月 :  3中学のときにアコギをちょっと触ったり、高校ではOVER ARM THROWの(鈴野)洋平とか前のドラムの(高橋)玄もいた軽音部に入ってコピーバンドをやってました。
――バンドをやりたいと思うキッカケは?
大月 :  え~、なんでだろう……たぶん、モテたいからだったと(笑)。
――でも、そういう人は多いですよね(笑)。
大月 :  ただ、ハードロック小僧だったんで、BON JOVIは好きだったし、初めてコピーしたのはSKID ROWだったり。友達に詳しいヤツがいて、いろいろ教わりましたね。ただ、結局モテないっていう(笑)。
――ハハハハ(笑)。実際、軽音部での活動は楽しかった?
大月 :  楽しかったし、もしかしたらですけど、人生でいちばんギターを触ってた時期かも(笑)。1日7時間とか弾いても平気だったし。
――その後、大月さんは大学へ進学しますよね。
大月 :  そうでしたね。音楽の専門学校へ行きたいなとも考えてたんですけど、親の意向もあって大学へ進みました。とにかくバンドはやりたかったから、浪人もしたくなかったし、受かった大学へ行くっていう。
――大学内で音楽サークルに所属したりは?
大月 :  しなかったですね。洋平とか地元のヤツらでHi-STANDARDのコピーをしてたぐらい。ただ、そのうちに洋平と玄ともうひとりでオリジナルのバンドを組んだんですよ。で、オレもオリジナルをやりたいなと思ったとき、ちょうど横浜CLUB24 WESTにメンバー募集の張り紙があって、そこに電話したらHOLY(現STOMPIN' BIRD:Dr./Cho.)だったという(笑)。
――地元に音楽仲間がいると、その仲間内で組んだりすることも多いでしょうけど、いきなり知らないところへ飛び込んだんですね。
大月 :  オレはそうでしたね。相手がHOLYだったのが、よかったのか悪かったのかわからないですけど(笑)。
UNLIMITS大月
――そこで、初めてしっかりしたバンドを始めると。
大月 :  入るときに「本気でやれるメンバーを見つけて、ガッツリとやっていきたい」っていう話もありましたしね。大学3年の秋ぐらいでした。
――その時期って、就職活動が始まるころですよね。
大月 :  実際、いろいろ考えたんですけど、「やっぱり、バンドがやりたい」と思って加入しました。今になって考えると、すげえ怖いことしてますよね(笑)。
――いきなり振り切ってますからね。
大月 :  悩みましたけど、何とかなるかなと思っちゃって。就職しなかったからといって人生が終わるわけじゃないし、妙な自信があったのかもしれませんね。
――ちなみに、専門へ進むことを反対したご両親から何か言われませんでした?
大月 :  めっちゃ言われましたよ(笑)。で、「頼むから4年で卒業はしてくれ」って言われて、ちゃんと卒業し、家も出ましたね。
――決意を持って加入したsmoothは何年ぐらいやったんですか?
大月 :  結構、早々に解散したんですよ。期間だと2年ぐらい。
――実際、そこでバンドから離れるっていう選択肢もありましたよね。
大月 :  ですね。でも、もうちょっとやってからでもいいかなっていう感じはあって、千葉のMCっていうバンドに入りました。その後はSCAPEGRACE、そしてUNLIMITSという流れですね。
――振り返ってみると、ちょっとした流浪の旅人みたいな(笑)。
大月 :  だから、バンドを辞めるタイミングは何回かあったんですよね(笑)。
――そのころって、何を見据えてました? やっぱり、何かが満ち足りないからバンドを続けたんだろうし。
大月 :  漠然とですけど、結果を出したいっていうのは昔からありました。自分たちのやりたいことだけをやれればいいっていう考えはあんまりなくて。やりたいことをやる為に売れなきゃダメっていう。自分に限った話ですけど、大学まで出させてもらって就職もしなかったわけだし、そこまで腹を括ってやってるのに自己満足で終わらすのもどうかなと。
――もしかしたら、バンドマンとしては少数派の考えかもしれませんね。実際、やりたいことを認めてもらいたいっていうタイプが多いと思うんですよ。そんな中、やりたいことをやる為に売れるというのはドライな割り切ったスタンスだったりもするし。
大月 :  もしかしたら、何度もバンドをやっていくうちに、消えていったというのも変ですけど、気づいていったことかもしれないですね。
――それまでのバンド変遷についてもう少しお訊きしたいんですけど、SMOOTHはどんなサウンドだったんですか?
大月 :  3ピースのメロディックパンクバンドでしたね。THUMBとREACHが大好きだったんですけど、その亜流みたいな(笑)。
――MCについては?
大月 :  打って変わって、日本語ロックのバンドでした。
――そして、SCAPEGRACEはメロディックパンクの範疇だったと思います。そこから今のUNLIMITSへ繋がるわけで、音楽的振り幅が広いですよね。
大月 :  ジャンルにはそんなこだわりがないんですよ。よければいいじゃんっていうか。
――バンドマンと話をすると、強烈に突き刺さった根本があって、そういうモノを表現したいっていう場合が多いんです。個人的なところだと、どういったモノが好きなんですか?
大月 :  やっぱり、いちばん大きいのはHi-STANDARDですよ。Hi-STANDARDに出会うまではハードロック小僧で、速弾きができないヤツはダサいと思ってたし、速ければ速いほど正しいみたいな(笑)。
――そういう原理主義みたいなのありますよね(笑)。
大月 :  でも、『ANGRY FIST』を聴いて、そこからガラッと変わりました。ギターとか音楽面もそうなんですけど、それ以外のところもカッコいいって思える人たちじゃないですか。音楽面に限って言えば、同じように尊敬する方々もいるんですけど、そうじゃないところも含めるとHi-STANDARDになるんですよね。
UNLIMITS大月
――話を戻しますが、UNLIMITSに入ってから何年になります?
大月 :  2006年の夏からなんで、もうすぐ8年ですね。そのとき26歳だったんで、さすがに最後にしようと思ったんです。まあ、それが続いてるんですけど。
――UNLIMITSにはどんな印象を持ってました?
大月 :  カッコいいし、歌えるし、前から凄く好きだったんです。ただ、最初はサポートで何本かライヴをやるっていう話だったのが、スタジオで合わせたら「決まってるレコーディングも弾いて欲しい」って言われて。2週間後に控えた2ndミニアルバム『月アカリサイレース』のレコーディングに向けて、曲を必死に覚えてアレンジして弾くっていう(笑)。
――シビれますね、それ(笑)。女性と同じバンドをやることについてはどうでした?
大月 :  オレ、多分あんまり得意じゃないんですよ(笑)。でも、UNLIMITSは、いいとか悪いとかじゃなくて、そこまで女の子女の子してないというか、男勝りというか(笑)。それがよかったのかもしれないですね。いや、もちろん素敵な女性2人だと思いますよ(笑)。
――そこは僕も全肯定しておきます(笑)。しかし、それが人生でいちばん長くやるバンドになるっていう巡り合わせが面白いですよね。
大月 :  ホントにそうっすよね。しかも、当時UNLIMITSはU-PROJECTっていうSONY内のインディーズ部署にいて、極端な言い方をしちゃえば「乗っかってみても悪くないかな」っていう気持ちも多少はあったんです。まさか自分がここまで前に出てくるとは微塵も思ってなくて(笑)。
――まあ、いちばん最後に加入したメンバーでしたしね。
大月 :  だから、最初は「とにかく、ギターが弾ければいいな」ぐらいっていう。
――UNLIMITSって、リーダーはいるんですか?
大月 :  ブッキングやもろもろを把握していたりのまとめ役はオレが多いですけど、リーダーっていうのはいないんですかね。どうなんでしょう。
――しかしながら、これまで続けてこれたのは何があったからだと思います? 実際、この8年間でバンドは折れてないけど、個人的に折れたタイミングはあっただろうし。
大月 :  まあ、何度かありましたね…思い返せば、『月アカリサイレース』を出して、いきなり40本のツアーをやったとき、「このままじゃダメだな」と思って。もちろん、バンドはまだまだこれからだと思ったから、「だったら、オレもより前にでていこう」と。
――いきなりの展開ですね。
大月 :  でも、そこから変わったと思うんですよ。で、3rdミニアルバム『クローバー』を出して、そこが最初の転機になっただろうし。あとは、いろいろありましたけど、いちばん大きいのはどれだろう……まあ、仲が悪かったときもあったし。酷いときはほとんど口もきかないみたいな(笑)。
――長くやってるバンドなら、そういう時期は絶対にあると思うんですけど、原因ってどこにあるんですかね。
大月 :  多分、暗黙の了解みたいなところで済ませてた部分がちょっとずつズレて、それがそのうちに大きくなるみたいな。あと、男女の差もやっぱりあっただろうし。
――それはどういったキッカケで仲良くなるんですか?
大月 :  そのときは、メジャーからリリースするタイミングがきて、「そんなことも言ってられないよね」と。あと、この前に事務所を辞めたときも同じように団結しましたね(笑)。
――個人的な興味でお訊きしますが、メジャーというフィールドは楽しかった?
大月 :  楽しかったこともあり、そうでないこともあり、半々ですね。そんなに否定する気もないし。はっきり言ってしまえば、そういう環境でやらせてもらえるのはありがたいことだし、誰にでもできるような体験でもないじゃないですか。
――メジャー云々に限らず、バンドに関わる人数がグッと増えるとバランス感覚をがおかしくなりそうになるバンドマンもいますけど、そのあたりは?
大月 :  いや~、結構ギリギリでしたよ(笑)。やっぱり、自分たちだけでやってるわけじゃなくて、関わる人もかかるお金も多いから、それに対する責任感もあるし。やらなきゃいけないっていう想いが凄く強かった分、その反動もあったり。ただ、そこに感謝してやってたけど、そういった人たちがいないとやれないっていうのはダメだなと常に思ったりもしてましたね。ちょっとした強がりじゃないですけど、「別にいなくなってもオレたちはやれるよ」っていう。いや、強がりか(笑)。
――UNLIMITSの活動を振り返ると、駈け出しのバンドマンが夢見るようなことはひと通りやってきましたよね。でも、バンドは継続してる。それは、満ち足りてないからなのか、それとも今が充実してるからのか。
大月 :  満足してたら辞めてるだろうし、満ち足りてないっていう部分があるんだと思います。
――簡単に言える範囲でいいんですけど、埋めてないピースとは?
大月 :  やっていくうちに、いろんなことに気づいていくじゃないですか。ここ1年ぐらいですけど、歳も歳だし、バンドを続けている理由と自分が生きていく理由がほんの少しだとしても、重なってきているんですよね。もちろん、バンドとして大きいところを目指してはいますけど、それだけじゃない部分でも続けていくっていうことに意味を感じるようになってきたというか。それこそ、昨年はずっと勉強もしてて。例えば、CD制作についての仕組みとか、経費や権利についてもそう。手がけた作品を「自分の商品だ」って凄く言うのに、それがどういう風に作られてて、どれだけお金がかかってどれだけ自分たちにお金が入ってくるのかをちゃんと理解してないのがおかしいと思っちゃって。
――タイプによって分かれますよね。そうやって理解したい人と音楽だけに集中したい人っていう。
大月 :  たしかに、知らなくてやれてる人は恵まれてるし、羨ましさもあります。そういう環境で成立できてるっていうのは、ミュージシャンとして素晴らしいことだと思うので。
――ただ、大月さんの性格から考えると、どういう状況でも知りたくなった気もしますよ。
大月 :  まあ、そうかもしれないっすね(笑)。
――実際、そういった面をガラス張りにするマネージメントも増えてる気がするんです。互いの信頼関係や意識を高める為なんでしょうけど。
大月 :  CDが売れないと言われている今の時代を考えて、バンドのあるべき姿があると思うんです。オレが言うのもおこがましいけど、バンドはもっとセルフになっていくべきだと考えたりもしてて。スーパーとかデパートに並べられるんじゃなくて、良さを自らが理解した個人商店になっていくべきというか。まあ、この辺は全てのバンドに当てはまるわけじゃないし、もちろんバンドによって向き不向きはある。マスやメジャーを否定もしていないし、僕らも上手に付き合っていきたいとは思っていますよ。でも、そこのカッコよさは絶対にあると思っていて。そこのモデルケースをオレらの世代が作らなきゃいけないんじゃないかと考えたりもするんですよ。OATの洋平とはよくそんな話をしますね。これからバンドを始めるような若い子たちが夢見ることができるようにと。単純にバンドとしてカッコよくあるべき姿を作っていきたいんですよね。




UNLIMITS
2002年に清水葉子と郡島陽子を中心に結成し、2006年に現体制となる。どこかしら影がある妖艶な歌謡的ニュアンスや柔和なメロディーを携えながら、メロディックパンク的なインパクトを持つという稀有な存在であり、幅広く勢力的な活動を続ける生粋のライヴバンド。これまでに2枚のシングル、5枚のミニアルバム、3枚のフルアルバムを発表。2014年4月には待望の新作『アメジスト』をリリースした。



http://www.unlimits.jp